Story - Joke
2005年07月03日

サラリーマン

 うだるような暑さの真夏の夜、時計の針は既に22時をまわっている。だが、涼しくなっていく気配は全くといっていいほどになかった。それどころか省エネエルギーの名のもとに冷房の使用までが厳しく制限されていることもあり、オフィスはさながら灼熱地獄の様相を呈していた。

「もうやってられねえよ」

 俺は額ににじむ汗を腕で拭いながらつぶやいた。ずっと昔にサラリーマンは気楽な稼業だとかいったやつがいるが、サラリーマンというのもこれでいて苦労が絶えないものだ。俺の仕事は景気にはさほど影響されるものではない。むしろ景気が悪いときのほうが忙しいくらいだ。その辺のところではよそと比べ恵まれていることはわかっているつもりだ。しかし、そうではいっても仕事が楽ではないという事実にはなんらかわりはない。

 それを証明しているのがこの会社の離職率の高さだろう。悪辣な労働条件のもと、やめていったやつは数知れない。5年前、あんなにたくさんいたはずの同期も今年の春にはとうとう俺一人だけになってしまった。とにかく普段からやたらと残業は多いし、休みもだってほとんどとれない。24時間体制での対応が必要になる仕事だって少なくない。これで労働監督署の査察を受けたことがないというのだから全く不思議なものだ。

 それにしても本当にやりがいのない仕事だ。正直いって胸を張って人に話すことのできる仕事ではない。なにせ俺たちが一生懸命に仕事すればするほど、たくさんの人間を不幸にするのだから。それだけではない。クライアントが最悪のやつなのだ。正直いってこいつとだけは仲良くしたくないのが本音だ。本当に気まぐれなやつで、必死の思いで仕上げようとしていたプロジェクトを完成直前で中止されられたこともある。情熱が完全にうせはてた今ならともかく、その時には殺してやろうかとさえ思ったものだ。まあ、そうはいっても金だけはもっているので仕方がない。金を払っている以上、クライアントの意向は絶対なのだ。こっちは酒でも飲んであきらめるしかない。

 こんなことを考えていたら、完全にやる気がうせてしまった。今日はもう帰るとしよう。俺は急いで身支度を済ませると足早にオフィスを後にした。こういうときは急ぐに限る。もたもたしていると、ろくなことはないことは経験で分かっている。しかし、すでに遅かったようだ。突如、あたりの静寂を破るように携帯電話の耳障りな着信音が鳴り響いたのだ。とりあえず発信元を確認する。やはりクライアントだ。一体こんな時間になんだというのだ。

「はい。悪魔です。あっ、神様ですか。いつもお世話になっています。先日頂いたご依頼の件ですね。はい、全て予定通り順調に。これでまた神様への信仰も一段と……」

- 了 -

Posted by とのす at 16:32 | Comment (3)
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